新しく建てた我が家、色々な不満点はあるものの、リビングが広くて、勉強コーナーや遊びコーナーなど使い道によってちょっと分かれているので、家族がそろっていても各人がのびのびとできるのが一番いいところだなと思っています。
でも、ふと、自分が生まれ育った家を思い返してみると、今の家とは真逆な部分がたくさんあったなと気づき…。
以前も、「縁側」について書いたように、やはり昔の家には先人の知恵がたくさん詰まっている…のかも。
リビング(居間)がすごく狭かった記憶。
わたしが生まれ育った家は、片田舎にあるちょっとした住宅街。
ちょっと離れれば田んぼや畑がたくさんあるし、川も山も海も近い、自然たっぷりの町でした。
そのおかげか?土地代はすごく安いらしく、家の広さはかなりありました。
私が住んでいた頃ですでに築80年くらいと言っていて、家は傾いているらしい、という話を同居の祖父母から聞きました(笑)
和式でしたがリフォーム後のトイレと浴室もあったし、幼少期は何の問題もなく暮らしていたのですが、思えば、家の広さに対して、リビングというか居間がかなり狭かったな…という記憶が。
(リビングよりも居間の方がしっくりくるのは、畳敷きの和室だったからかな)
日当たりも抜群!というわけではなかったような。東南側に腰高窓があったので、朝のうちは明るくて、窓越しの日差しがキラキラしているなあと思った記憶はありますが、すぐ隣に隣家があったし…。
おそらく8畳くらいの居間に、大きめのこたつが置いてあり、あとはテレビとタンスと電話くらい。でも、8人も家族がいても、そこで快適に過ごしていました。
居間だけでは遊びにくいときは、廊下と居間の間にあるガラスの引き戸を開け放てば、わりと広くなるので、そこでなわとびをしたり、はしゃいで遊んでいた記憶があります。

おそらく、冬がわりと寒い地域なためか、リビングはあえて狭かったのかな…?母の実家も同じような感じだったし。
おかげで、冬は、ストーブとこたつがあればしっかり暖かかったし、夏も扇風機だけだった気がします。(昔の夏はこんなに暑くなかったせいもあるかもだけど)
今の、エアコンと電気だのみのリビングとは真逆の環境…。
来客時は…座敷を利用。
では、来客時はどうしていたかというと、やたらと広い座敷が、やたらと広い玄関のすぐ隣にあり、おもてなしが必要なお客様が来た際は、必ずその座敷に通していました。
人が集まる時もその座敷を使い、大きなちゃぶ台を並べてごちそうを並べたり。
私が友達を家に呼んだ時も、座敷や、二階の自分の部屋で遊ぶことがほとんどで、リビングでは遊んだことがほとんどなかったです。
ちなみに座敷も4つくらいに分かれていて、通り側には縁側があり、奥の一つには仏壇がありました。
近所の家もだいたい同じような感じだったし、うちだけがやたらと広かったわけではありません(本当に)。
そう考えると、人が集まる場所や、おもてなしができる広めの場所があれば、リビングはやっぱり狭くて十分だったのかも…と。
それにこれからの時代は、家で法事をしたり、お祭りとかお盆とかのイベントで親戚たちを集めておもてなしをしたりということも少なくなっているし、特にコロナのことがあってからは、子どもの友達すら遊びに来なくなっているし…。
片付け上手な母が、その広い家の掃除や片づけをてきぱきとやっていたものの、年を取ってからは本当に大変。私みたいな掃除嫌いな人がそんな家を維持しようとなると本当に本当に大変だっただろうと思う…。
やっぱり家はコンパクトなのが、これからの時代には合っているのかも…。
こたつ最強説。個人の「席」も固定すると安心感が。
そしてやっぱりこたつ最強説(笑)。こたつさえあれば、狭い居間に家族みんな集まっても不自然じゃなく、あったかくて快適で最高だったなあと思い出します。
夏はこたつがなくても、廊下を開け放してちょっと広々と使っていたし…。
あとは、こたつやちゃぶ台に座る時も、なんとなく各個人の場所が決まっていたのも、みんなが快適に過ごせていた理由の一つだったのかもしれません。
今の我が家。
今の我が家、もちろん細かい後悔などはあるけれど、結婚してからいくつか住んだ家の中では、我が家にとっては最適だと思っています。
ただ、先人たちの知恵を取り入れて、暑い窓際には縁側を作ったり、もう少しリビングを狭くしたり、引き戸で仕切れる部屋を隣り合わせたり…ということをしていればもっとよかっただろうなとも思います。
それに、マンションにはマンションの良さもあったし、それぞれの家にメリットがあったのですが。
今後、家族構成が変わっていけばまた、一番良いと感じる住まいの形も変わっていくかもしれませんが、とりあえず満足しているならいいのかな…。